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子どもたちの声Voice

2021.10.13

社会的養護を経験し、現在社会的養護の子どもの
権利保障に取り組む実践家たちによる座談会

子どもの権利を保障するための「根」になる仕組みの必要性

参加者:氏名

川瀬 信一さん

一時保護所、里親家庭、児童自立支援施設、児童養護施設を経験。中学校教諭として勤務する傍ら「一般社団法人子どもの声からはじめよう」を立ち上げ、社会的養護のもとにいる子どもを中心にアドボカシー(意見形成や意見表明の支援)の取組を展開している。

香坂さん

児童養護施設での経験を、政治や行政に携わる人々へ伝える取組を続ける。また、当事者活動団体であるNPO法人IFCA(International Foster Care Alliance)にて、米国カリフォルニア州の「フォスターユースビルオブライツ」(社会的養護で生活する子どものための権利章典)を日本語に翻訳するプロジェクトを担当している。

中村 みどりさん

国内各地で社会的養護のもとにいる子どもを対象としたアドボカシーやワークショップを企画・実施してきた。当事者活動団体CVV(Children’s Views & Voices)の副代表であり、厚生労働省の社会保障審議会児童部会社会的養育専門委員会の委員を務める。

(以下、記事中では敬称略)

子ども庁の創設に向け、内閣官房において検討が本格始動した7月、社会的養護を経験し、現在は社会的養護のもとで暮らす子どもを中心に、子どもの権利の保障に向けて活動を進められてきた川瀬さん、香坂さん、中村さんの3名に集まっていただき、どうすれば日本が子どもの権利が十分に保障される国に変わっていけるのか、多角的に議論いただきました。本稿では、その座談会の一部をご紹介します。
「権利」の捉え方や、社会的養護で育つ子どもへのまなざしには変化の兆しも

初めまして。本日ファシリテーターを務めます三菱UFJリサーチ&コンサルティングの家子です。皆さんはこれまで、子どもの権利の保障に向けて研修や勉強会での講師や国外の先進的な取り組みの普及など様々取り組まれてきましたが、日本でも子ども庁創設にあたる緊急決議で、子どもの権利の尊重や子どもコミッショナーの創設などが提案されるようになりました。
何か身の回りで変化を感じることはありますか?

―川瀬:子ども自身の意識が変わり始めているかも、と感じます。例えば児童虐待は、子どもにとって権威のある大人から受けるものです。「家が大変なのはお前のせいだ(ある施設経験者が親に言われた言葉)」というように、家族が抱える問題の責任が子どもに転嫁され、虐待が正当化される。子どもはそれを真に受けて自分を責めたり、苛烈な虐待から自分を防衛するために自分の感覚を鈍化させて、虐待を大したことのない日常として処理するようになったりします。閉鎖的な環境で行われることもあり、虐待を受けた子どもが自ら外部にSOSを発信することは難しかった。ところが最近、電話やLINEなどでの相談窓口には子ども自身からの虐待相談が増えているようです。相次ぐ報道やSNSの発信が増えたことによって、子ども自身が「こういうことされているのはおかしいかも」と、意識が変わっているんじゃないかなと思います。

―中村:私は福岡で子どもの権利ノートの改訂に携わっていますが、その改訂の過程では、権利ノートを使う子ども自身の参画を大切にしています。例えば、権利カードを使って「あなたにとって大切な権利ってなんですか?」というやりとりをしたり、冊子の色合いやデザインなども含めて子どもと相談したりしました。その取り組みの中で変化を感じたのは、子どもに関わる大人に「権利はわがまま」といった考えの人がいなかったことです。「権利はわがまま」というのは一昔前には主流だった考え方かもしれません。(苦笑)でも、福岡では、子どもの権利保障は大切と思う大人同士が集い、子どもへの関りを見直し、学び高めあえる場が作れ、こういった場づくりの大切さを感じました。


【中村さんご提供】子どもの権利ノートの改訂作業で活用した権利カード

―香坂:私が当事者活動を始めたのは6-7年前ですが、その頃は、登壇の機会もすごく少なく、当時はまだまだユース(社会的養護の経験者)の声を聴くこと自体が少なかったように思います。この数年で、社会的養護の経験者が呼ばれる場のバリエーションや回数が増えたことに加えて、昔は「悲しい話」をしてほしいといった依頼もありましたが、今は社会的養護の生活の「専門家」として呼んでくれています。それに社会的養護の経験者で、自身の体験を発信する活動をする人も増え、SNSのつながりも増えているように思います。

―中村:確かに、SNSを活用する社会的養護の経験者のおかげで、社会的養護について発信される機会が増えたように思いますね。また、可哀想なエピソードの語り手としてではなく、経験をポジティブに話す機会によって、「身近にいない可哀想な人」ではなく、「身近な人」として捉えられるようになってきたと思います。今後も、多様な活動が増えていくと思います。社会的養護は家族と離れ、別の場所で育つ子どものための制度なので、まさに子どもの権利とセットで制度を変化させる必要があります。

―川瀬:近年、抑圧されている人がSNSを通じて発信することで社会が変わるようになっていますが、社会的養護に関連したことも個人の発信が社会の関心につながり、変化が起きるようになったのかもしれませんね。

ありがとうございます。皆さん、少しずつ身近に変化の兆しを感じていらっしゃる様子が伺えました。では、社会の制度や仕組みは同じように変化してきたと感じますか。

Column:社会的養護のもとで子どもの権利が守られていないと感じた経験

ー保護された時に自分がこれからどうなるのか、何の説明もなく、どういった選択肢があるのかも教えてもらえなかった。先がまったく見えない不安な状況で、担当者に言われるがまま移動していたので、保護されても安心できない状況がしばらく続いた。

ー児童養護施設へ入所する際に、生活に必要な物以外(現金、ゲーム機など)すべて取り上げられた。他の子どもとの平等にするためだと言われ、お小遣いやバイト代などを貯めて、預けたものと同じ金額を貯められたらそのお金と交換で返してもらうことができた。交換したお金は恐らくその子自身の貯金となって、施設を離れる際に返してもらえるのだろうが、それが大切なものだったり、思い入れのあるものだったりする場合、子どもが傷つくのではないかと思った。私自身も持ち物をすべて見せるように言われた時は、なんで初対面の人にいきなりすべて見せなければいけないのか不安だったし、財布の中のお金を取り上げられた時は不信感しか抱かなかった。

ー権利擁護ワーキングとりまとめでは、一時保護所の子どもたちの声として、以下のような意見があった。
・学校に行きたい。
・自分の服を着たい。
・いじめのアンケートで嫌だったことを書いたことがある。けど何もかわらなかった。
・1日だけと言われて一時保護所にいると、5ヶ月いる。その時は、一時保護所は嫌といった。
・学校の先生がタッチすると親に連絡されてしまうので、直接第三者につなげたい。
・いじめアンケートを書いたことでいじめが更に悪化することもある。
・話をしたことを親には知られないようにしてほしい。

ー自治体の計画策定にあたって社会的養護の子どもに協力してもらいワークショップを開催した際には、以下のような意見があった。
・学校の先生に親の事を相談したら、学校の先生が親に伝えていた為、家に帰ってすごく怒られた。
・なぜ施設で生活しているのか知りたい。
・里親家庭にいない、他のきょうだいの名前を知りたい、何度も聞いているが教えてくれない。

子どもの権利条約は第20条で「家庭を奪われた子どもの保護」をうたうなど、社会的養護に関連する権利が定められています。
https://www.unicef.or.jp/kodomo/kenri/syo17-24.html

子どもの権利を保障する「仕組み」は変われるか。そのために必要な「基本法」への期待

―香坂:国の大きなシステム自体はやっぱり大きくは変わっていないと思いますね。特に、子どもコミッショナーの話は議論が十分に進んでいないのではないでしょうか。

―川瀬:自立支援やアドボカシーといった個々のテーマに限ってみると、法制度も予算も変わりつつあります。しかし、今はそれぞれの行政機関で個別の事業や取組が断片的に進められています。大きな仕組みそのものが変わっているとは言えず、これからの課題だと思います 。その意味で、僕自身は個々の事業の根っこに子どもの権利を保障する基本法が必要だと思っています。最近、子ども期に海外で暮らした人の話を聞く機会があり、その国では子どもの権利が言葉ではなく感覚やふるまいとして身についていると聞きました。その方は、「子どもの権利が重要だ」と言われていること自体、日本で子どもの権利が保障されていないことの表れだ、と。私も含めた多くの人が、権利意識が振る舞いとして身についている状態には、まだまだ遠いのだろうと思います。今の日本には子どもの権利を明文化する仕組みが必要だと感じますね。2016年に改正された児童福祉法には、第一条に「児童の権利に関する条約の精神にのっとり…」とありますが、その後には受動的な文言が続きます。本来、子どもの権利条約には、受動的な権利も能動的な権利も書かれています。私は子どもを権利の主体ではなく、受動的な存在として見られ続けていることも問題だと思っています。客体としての権利や受動的な権利のみが保障されるのではなく、能動的な権利も含めバランスよく保障できる仕組みが必要で、そういった理念を記した法律が必要だと思っています。

―中村:社会的養護に関わっている子どもと触れ合うと、子どもの権利について少しは説明されているけど、具体的に「どういうものが必要かな?」と子どもの意見が聴かれることはほとんどない状態だと思います。結局、制度も大きく変わることなく、現在を迎えてしまっています。
2016年に児童福祉法の改正がありましたが、子どもの視点で見ると仕組み自体は全然変わっていないように思います。例えば、高齢者サービスだと、日常は自宅にいながらデイサービスに通えたり、訪問型サービスもあったりと、個々の状況やニーズに応じる多様なサービスが展開されているように思います。社会的養護の子どもが育つ場所も、高齢者サービス同様に、里親か、児童養護施設かの2択ではなく、もっと多様だったら良いだろうと思います。他にも自立支援計画などに子どもの意見を確実に聴く仕組みが入るなど、もっと変えられるように思います。子ども自身の声は、仕組みを構成する大切な要素だと思っています。

―川瀬:確かに、中村さんのいう「子ども自身の声を聴く」って、改めて大切ですよね。僕は学校で働いていますが、学校が子どもにとっての居場所になっていないケースもあると思います。大人側からすると「ちゃんとしている場所」が、子どもにとって必ずしも「救われる場所」ではないこともあって。この大人と子どもとの間の認識のギャップを解消するためにも、子どものことは子どもの声を起点に考えたいと思っています。

参考サイト
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18934.html


【川瀨さんご提供】子どもアドボケイト養成講座の様子

―香坂:人権を説明するときによく使う「当たり前」というキーワードがありますが、この当たり前は人それぞれ、少しずつ認識が違いますよね。虐待のケースで見ても、虐待をする親の当たり前が間違っていたのかもしれないし、虐待の感じ方の当たり前が間違っていたのかもしれません。でも私は「違ってはいけない当たり前」を守ることが権利保障なのだと思っています。アメリカのカリフォルニア州の社会的養護に特化した子ども・若者の権利章典(フォスターユースビルオブライツ)を見ても、部屋に外側からカギをつけてはいけない、生みの親へ個人的にコンタクトをとれるようにしなければいけない、など「当たり前」と思うような内容まで細かく丁寧に記載されています 。子どもが安全・安心に暮らすための最低限の権利を保障するためには、当たり前だと思うことでもきちんと明文化することが必要で、その意味で子どもの権利に関する基本法が必要だと思います。明文化された分かりやすいルールがあれば、子ども自身も権利侵害が起きた時にそのことを理解し、周りに説明できるようになると思っています。私自身も社会的養護を経験したことがありますが、その当時は最低限の権利が保障されていないことはしょっちゅうだったなぁと…。今はもっと良くなっているのでしょうけど。

現在、香坂さんの所属するIFCAではこの翻訳作業に取り組んでいます。
https://www.facebook.com/intlfostercarealliance/photos/a.595510300497833/3695546127160886/?type=3

―中村:香坂さん、残念ながら社会的養護のもとにいる子どもの生活は、今もなお子どもの権利が十分守られている状況とは言えませんよ…。一時保護所でも定員超過で子どもにとって十分な支援ができる環境でない場所もあると思います。もっと変わってくれたらいいのにね、と子どもとよく話しています。子どもは生まれながらに自分の権利を知っているわけではなく、大人がきちんと権利を伝えないといけません。大人が権利を説明するときにも、きっと子ども基本法は有用だと思います。
また、地域間格差の解消という意味でも基本法が必要です。社会的養護の現場では多くの実践が積み重なっていますが、まだまだ全国津々浦々で同じ状況とは言えません。国による統一的な仕組みで、この地域間格差が解消され、どの自治体の子どもも権利が保障されることを願っています。

―川瀬:確かに女性の権利、障がい者の権利など、権利に関する様々な法律が制定されてきましたが、本当の意味で差別が解消されているか、というとそうではないと思います。タテマエだけが出来上がっても意味はなく、一人一人が本音で納得できることこそが重要だと思います。子ども期に「自分は権利を持っているのだ」という意識が当たり前に培われてきた人が大多数になれば、そのとき社会全体が変わるのだと思っています。

もっと知りたい!「子ども基本法」とは
https://kodomokihonhou.jp/about/

子どもの権利保障を監視する、子どもコミッショナーが必要な理由

子どもの権利を本当の意味で保障する仕組みづくりは、まだまだ道半ば、ということですね。その解決策として子どもの権利を保障する「子ども基本法」の話がありましたが、子どもの権利が保障されているか政府と独立した立場で監視する子どもコミッショナーが必要だという意見もありますよね。実際に海外では、子どもコミッショナーや子どもオンブズパーソンなど子どもの権利保障をモニタリングする独立機関がありますが、この子どもコミッショナーについて、皆さんはどのように捉えていますか。

―香坂:カリフォルニア州のフォスターケアオンブズパーソンに会ったときの自身の経験を振り返ると、「子どもの権利を保障するために公式で活動している人がいる」という象徴的な存在感はすごく重要だなと思いました。そのオンブズパーソンは社会的養護を経験したユースであること、強い権限があることもあって、安心感を抱きました。


【香坂さんご提供】IFCAでの海外事例調査の様子

―中村:子どもコミッショナーはある程度の権限がないと実効性に欠けることになります。一時保護所の定員の問題や、被措置児童等虐待事案の審査の不十分さの問題など、子どもの権利に関する様々な問題に「それってだめじゃない!?」と是正勧告ができる権限が必要だと思います。また、この子どもコミッショナーは児童福祉だけでなく、教育や少年司法なども含めた、子どもにまつわるすべてのことを対応できる必要があると思います。

―川瀬:確かに被措置児童等虐待事案の判断や審査などでは、どこかでバイアスが働く可能性は消し去れないと思います。自浄作用が働きにくい構造だからこそ、子どもコミッショナーは行政から独立した権能を持っている必要がありますね。

―中村:そうですよね。あと、こういった国レベルの子どもコミッショナーが必要であることと同時に、自治体レベルのモニタリングも必要だと思っています。

もっと知りたい!「子どもコミッショナー」とは
https://kodomokihonhou.jp/commissioner/

変化を起こす未来へ

―川瀬:子どもの権利保障が機能するには、大人側に子どもの権利の行使を支える準備が必要だと思っています。例えば、東京都の学校では子どもに対しSOSを発信する力を養う教育を実施しており、教員はこういった教育実践を通じて子どもの権利を改めて学ぶことができるようになります。これまで教員は教員養成課程で、子どもの権利について学ぶ機会が多くなかったので、重要な一歩と言えますね。

―香坂:確かに一部の自治体では、事業検討の最初の一歩として当事者の声を聴き始めてくれるようになりましたし、子ども自身が権利をきちんと理解できるような絵本づくりなども進んでいますよね。今この瞬間も明日が見えずに苦しんでいる子どもがいると思うと、早く変化を起こさないと、と思います。

―中村:すべての子どもの権利を保障できる包括的な仕組みを早く作る必要があります。5年~10年経って、も子ども側からみると何も変わっていない、なんてことにならないように、子ども基本法やコミッショナー創設など、大人は何かアクションを起こさなければいけないと感じます。

皆さん、力強いお言葉の数々を有難うございました!

編集後記

社会的養護の分野では、座談会へご参加いただいた3名のような経験者の方々の活躍もあって、現場には徐々に変化の兆しがみられます。それでもなお、大きな「仕組み」を改善するためには子ども基本法や子どもコミッショナーのような法制度が欠かせず、社会的な議論の進展が待望されていると実感した座談会でした。
なお、本座談会はフルオンラインで実施しております。(編集者:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)

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